すずめの戸締まり|常世・現世(とこよ・うつしよ)産土(うぶすな)祝詞の意味|日本神話や神道

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2022年11月11日に公開された、新海誠監督の最新作「すずめの戸締まり」

今作には、日本神話や神道、民俗学から発想を得た設定が沢山登場します。

耳馴染みのない単語も多いですが、小説版と劇場版の両方を鑑賞した筆者が、

  • 常世・現世(とこよ・うつしよ)とは?
  • 鈴芽(すずめ)の常世はなぜ燃えていたか
  • 産土(うぶすな)とは?
  • 草太が戸締まりする際の祝詞「—お返し申す」の意味

について調べてまとめてみました!

この記事は、小説版と劇場版の「すずめの戸締まり」のネタバレが含まれますのでご注意ください。

※日本神話などは、筆者が調べた内容を要約して掲載していますので、解釈違いや情報の間違いなどあればご指摘ください。

すずめの戸締まり|産土(うぶすな)とは?

まずは「産土(うぶすな)」について解説していきますね。

産土とは→その土地の本来の持ち主である「土地の神」

「産土(うぶすな)に返す」と草太が発言していた「産土」とは、

その土地の本来の持ち主である「土地の神」のことです。

【産土神 うぶすながみ】

産土神は、神道において、その者が生まれた土地の守護神を指す。
その者を生まれる前から死んだ後まで守護する神とされており、他所に移住しても一生を通じ守護してくれると信じられている。

その後、産土神は氏神(その氏人たちだけが祀った神)や、鎮守(その土地に鎮まりその土地やその土地の者を守る神)と区別されなくなった。

参考:wikipedia

今作では、クライマックスに草太が「廃墟になってしまった街の後ろ戸が開く理由」について、こう説明していました。

人の心の重さが、その土地を鎮めているんだ。
それが消えて後ろ戸が開いてしまった場所が、きっとまだあるはず

小説 すずめの戸締まり p362

地上で日常を営む人々の心が、その土地を鎮めているということです。

今作の製作に向けてのインタビューや、劇場来場者特典である「新海誠本」の中で、新海監督は、

「何かを始める時は地鎮祭のような祈禱の儀式をするけど、何かが終わっていくときはなぜ何もやらないんだろう」

という疑問を長年持っていたとのこと。

東日本大震災に遭い、新海監督も拭えない喪失感を抱えていた10年間を経て、土地や街のお葬式として、土地を鎮めて祈ることで悼む物語を思いついたと話しています。

産土(うぶすな)は、今作の物語の根幹を担う重要な要素になっていますね。

すずめの戸締まり|常世・現世(とこよ・うつしよ)とは?

引用元:「すずめの戸締まり」公式サイト

今作の常世とは「死後の世界」

今作「すずめの戸締まり」における「常世」とは、簡単に言うと「死後の世界」ですね。

以下、草太の「常世」を説明する小説内のセリフを引用します。

この世界の裏側。
ミミズの棲家。
すべての時間が同時にある場所。
常世とは、死者の赴く場所なんだそうだ

引用:小説 すずめの戸締まり p149~150

今作では、人がいなくなってしまった場所には「後ろ戸」と呼ばれる扉が開くことがあり、その扉の向こうに広がるのが「常世」です。

人を脅かす疫病や災害は、後ろ戸を通って常世から現世へもたらされているため、先祖代々受け継がれる「閉じ師」である人間が後ろ戸を閉めて回っています。

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鈴芽の常世が燃えた街だった理由

引用:映画『すずめの戸締まり』【行ってきますPV】

また、草太の祖父である宗像羊朗(ひつじろう)によるセリフの中で、

常世は見る人によってその姿を変える。
人の魂の数だけ常世は在り、同時に、それらは全てひとつのもの。

引用:小説 すずめの戸締まり p244

と説明されています。

鈴芽(すずめ)に見えたのは「燃えさかる故郷の街」

鈴芽(すずめ)の魂はまだ震災直後の故郷の街にあり、母親を探し続けています。
母親がいなくなった現実に向き合い切れず、そこから抜け出せずにいるまま、記憶に蓋を閉めて12年間を過ごしてきました。

鈴芽(すずめ)の常世は、母親を失った悲しみと喪失感の真っ只中にいて「なぜお母さんがいなくなったのか」「なぜ故郷が失われなくてはいけなかったのか」という理不尽な現実に怒りが燃え盛っている暗喩として受け止めました。

そこで今の自分と同じく悲しみに暮れる4歳の自分と対峙して「12年間生き抜いたという事実」が、16歳の鈴芽(すずめ)自身を救い出しました。

「すべての時間が同時にある」
「人の魂の数だけ常世は在り、同時に、それらは全てひとつのもの」

という常世の性質が、鈴芽(すずめ)を救ったとも言えます。

また、鈴芽(すずめ)が、遊園地のゴンドラにできた後ろ戸の中で「すごく眩しい星空と草原を見た」と話したところ、草太はすぐ「常世だ」と気づいているので、全ての人が見る常世に星空と草原は現れると考えられますね。

現世とは?

反対に、現世(うつしよ)とは、主人公や私達が生きている現実世界を意味します。

現世に関しては、今作と日本神話や神道上の概念と違いはなさそうです。

以下、草太の現世を説明する小説内のセリフを引用すると、

「現世に生きる俺たちには、そこには入れない場所、行ってはいけない場所なんだ。
だから君が入れなくて良かった。入れなくて当然なんだ」

「この場所で、俺たちは生きているのだから―」

小説 すずめの戸締まり p150

本来ならば常世と現世は決して交わることはない世界だということを強調していますね。

(自分に移された要石の役割に気づき始めている草太の複雑な心境も読み取れます。記憶が正しければ、おそらく※のセリフは映画にはなかった気が…)

「現世」の日々の生活に切り離せないほど密着していながら、「常世」の存在は人々に知られることはありません。
仮に知り得たとしても、決して関わることができない裏側に存在し続けています。

閉じ師の仕事に対して、草太が「大事な仕事は、人からは見えない方がいいんだ」と鈴芽に説明するシーンがありますが、正に「常世」も同じですね。

表裏一体となって存在し続けている世界が「常世と現世」です。

日本神話における「常世」とは?

日本神話や神道などにおいて「常世」とは

かくりよ(隠世、幽世)「永久」を意味し永久に変わらない神域
死後の世界でもあり、黄泉もそこにある
古くは「常夜」とも記した。

とされています。

神道では常世は「常世」と「夜」という2つの顔(昼ととも表される)を持っているようで、

  • 常世
    →いわゆる「天国」「桃源郷」「理想郷」としての神の国

  • →いわゆる「地獄」「黄泉の国」という死者の国

と捉えている世界観があります。

「常世と常夜」という二面性を持っている点が特徴ですね。

※『万葉集』では、浦島太郎が行った竜宮城も常世と記されているようです。現実の世界とは時間の流れが著しく違って一瞬で老人になってしまったことも、共通していますね。

日本神話や神道における神は「荒ぶる神(荒魂)と和ぎる神(和魂)」と、1つの神でも2つの側面を持っているという概念があります。


今作「すずめの戸締まり」の中でも、

  • 荒ぶる神→ ミミズ
  • 和ぎる神→ 要石

と描くことで、日本神話や神道における世界観や概念を踏襲しているのではないかと感じました。

すずめの戸締まり|祝詞(かけまくもかしこき日不見の神よ―)の意味とは?

祝詞の意味

草太が戸締まりの際に唱える「かしこみかしこみ―」の意味も気になりますね。

草太が戸締まりの際に叫んでいるのは「祝詞(のりと)」で、神道で神に対して唱える言葉です。

▼草太が唱えているのは下記の文言です。

かけまくもかしこき日不見ひみずの神よ。
とお御祖みおや産土うぶすなよ。
久しく拝領はいりょうつかまつったこの山河やまかわ
かしこみかしこみ、つつんでお返し申す。

現代語訳すると、大体下記のような意味になります。

声に出して言うのも畏れ多い、日不見/ヒミズの神よ。
先祖代々の土地の神よ。
長い間借りていたこの山や河を
(最大限に畏れ敬い)恐れ多くも、謹んでお返しいたします。

ここで注目したいのは、「日不見/ヒミズ」が何を指しているのか。

下記の可能性を考えてみました。

  1. ヒミズモグラの神ミミズの天敵であるモグラ
  2. 日不見の神=産土の別名
  3. 日不見の神=常世にある産土を指す

引用元:「すずめの戸締まり」公式サイト

まず①は、ミミズの天敵である「ヒミズモグラの神」に、巨大なミミズを今後も鎮めておいてくれと祈っている説。

何となくありそうな気はしますね。
しかし、本来の持ち主であり、真っ先に返すと伝えるべき産土の前に「日不見の神」が出てくるのが多少引っ掛かります。

ちなみに、私が調べた限りでは日本神話や神道に「ヒミズモグラの神」「ヒミズモグラ」が出てくるものはありませんでした。

続いては、日不見の神=産土の別名で“同じ神”を指している説

これもありそうなんですが、同じ神を示しているならば、2つの名前を唱えることはない気がします。

そこで考えついたのが、③日不見の神=常世にある産土を指すという説。

「常世と現世」「荒ぶる神と和ぎる神」などの対になるものが描かれることが多い今作では、

産土→「現世に宿る土地の神」
日不見の神→「常世に宿る土地の神」

という可能性もありそうです。

【11/14追記】

…と、色々調べた結果、日不見の神」は「火水の神」「ひふみ祝詞」に関係しているのではという考えに辿り着きました!

下記記事で詳しく考察しているので、よろしければご覧ください。
『日本文化、“奥深ぇ~~”』

あとがき

新海監督があえて東日本大震災を描く、重たくも力強いメッセージが込められた覚悟の一作。
東日本大震災から11年でこのテーマを扱った善し悪しは判断できる立場じゃないですが、相当の覚悟を感じます。

賛否両論さまざまな意見があるかと思いますが、やはり新海監督の真骨頂はその映像美。
地震描写に抵抗がない方は、是非劇場でご覧頂くことをお勧めします。

今回、筆者は小説を読んでから劇場に足を運んだのですが、情報量が多く、かつ日本神話や神道にまつわる要素が物語のカギになっているので、文字で読んでから映像を見たことで理解が早かったなと感じました。

また「小説版 すずめの戸締まり」には、2011年に起こった地震だとハッキリと記載しており、映画では詳しく描かれていない情報が多々あります。

もう映画をご覧になった方、初見の感動は映像で!という方は、映画を見た後に小説を読むと知識が補完・整理されてより深く理解できると思いますし、エピローグは、端的ではありますが小説の方が映画よりもしっかり説明があるので分かりやすく、しばらく余韻に浸ってしまいました。

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